ブランドストーリー


仲間と共にドロミテの登山を楽しむジュゼッペ・ザンバラン(中央上)

1929年からの登山靴づくり~家族経営の強み

 北イタリアの玄関口、ベネチア空港から車で北西に2時間ほど走ると、登山靴の歴史をつくった「ザンバラン」のふるさと、ピッコロドロミテ(イタリア語で「小さなドロミテ」の意)のふもとにたどり着きます。
 ザンバランは1929年(昭和4年)、イタリア北部の山あいの小さな村でジュゼッペ・ザンバランにより創業されました。登山を愛する仲間や自分が履く靴をつくるため、良質な素材を用い快適な靴づくりを行っており、三代目に引き継がれた現在でもなお、ザンバランの本社はドロミテの山麓の小さな村にあります。

 創業当時、ジュゼッぺは革靴に鉄の鋲を打ったソール(靴底)のパフォーマンスの低さに気付いていました。そして より良い製品を作るためのアイディアをゴム製のソールの可能性について研究していたVibram®の創始者となるヴィッターレ・ブラマーニ(Vitale Bramani)と共有し靴作りを始めました。彼らは将来ゴム製ソールが世界中で受け入れられると確信していました。このことは後の登山靴の歴史をつくったと言っても過言ではありません。なお、現在ビブラム社の経営は三代目となり、ザンバラン社の三代目ともに新たなる技術に取り組んでいます。

 いま、ザンバランはイタリアの自社工場で高所用ブーツから、オールレザーのトレッキング、ハイキングブーツをつくり、また、生産管理の行き届いた海外の協力工場でハイキングブーツ、アプローチシューズを生産しています。使っている技術や素材を見て頂ければそれらはみなピュアマウンテンスピリットが伝わってくるようなラインアップたちです。

 家族はザンバランを語る上で重要な存在です。創業者ジュゼッぺの妻マリアは靴製造の熟練工になると同時に卓越したスキルを持った裁縫人にもなりジュゼッぺをサポートし続けました。息子のエミリオ(Emilio)は山に対する情熱を父親から受け継ぐと同時に、ジュゼッぺの仕事を手伝い、やがてザンバランを引き継ぎます。彼は変わらないザンバランの伝統的なスタイルを海外のマーケットに提案し続けてきました。
 エミリオは彼の妻と共に会社を経営し続け、ザンバランを世界中のマーケットに35年以上提供し続けています。
 ザンバランは家族から家族へと 受け継がれていき、現在は創業社の孫にあたるマルコ(Marco)とマリア(Maria)がザンバランを支えています。先代の経営者の様に、二人は山に掛ける情熱と靴作りに対する熱意を受け継ぎました。二人は企画から供給までの全てのステップに関わり、ザンバランのシューズ一足一足にジュゼッぺが初めて製作したブーツに注いだ情熱と同じ情熱を注いでいます。

 ザンバランは今も創業者の一族が経営していて、それを熟練した職人が支えています。この家族の情熱がザンバラン伝統の品質・快適性・機能性を約束するのです。

 イタリアのザンバラン靴工場では様々な最新式の機械を導入していますが、その多くが職人達の手作業を必要とします。ザンバランは、「Zamberlan makes the difference」というスローガンを掲げていますが、多くの手作業を必要とする登山靴づくりは職人達が「(他の靴との)違いをつくり出す」といっても過言ではありません。ザンバランの職人たちは、その多くが長年にわたって勤務しており、ザンバランの成長を見守っています。


ザンバラン創業当時の一コマ。 ザンバラン社は、ジュゼッペの妻、マリアの協力があったからこそ成長できたと言えます。