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HISTORY

  • 2002NEMO Equipment,Inc(ニーモイクイップメント社) は2002年4月24日に創業者であるカム・ブレンシンガーがアメリカでも有数の芸術・デザインの大学であるRISD(Rhode Island School of Design)在学中に高度な技術とデザイン性を兼ね備えたアウトドアギアを提供することを目的として設立されました。 大学を卒業した2ヵ月後にカムはNEMOをニューハンプシャー州ナシュアのヒストリックミルに拠点を移しました。この地は、フィールドテストに適した山と森そして美しい川を抱くホワイトマウンテン国立森林とカムや他のNEMOスタッフの母校であるRISDやMIT(マサチューセッツ工科大学)という研究施設の間に位置する美しい町で、開発からテストまでをスムーズに行なうことができる、会社を設立するには最適の場所だったのです。

  • 2003 ニーモは最初に開発する製品としてテントを選びました。カムは既存のマーケットには存在しない革新的なテントを発表し、成功することによりアウトドアシーンに革命を起こすことが今後ニーモブランドの信頼性を高め、将来につながると判断したのです。ナシュアでの最初の2年間はニーモ最大の特長となる「エア・サポーテッド・テクノロジー(AST)」を採用したテントの開発及びテストに専念しました。

  • 2004 ニーモは2004年8月のアウトドアリテーラーショー(ユタ州ソルトレイクシティで開催)で初代のASTテントと極限下での使用を前提としたモデルであるECTテントを発表しました。その斬新で優れた製品はすぐに来場者の注目を集め、期間中に発行される専門誌で”Best of Show”として紹介されました。また、アメリカ最強のアドベンチャーレースのチームである「Team NIKE/Balance Bar」とギアの提供及び開発に関しての契約、ISPO(ヨーロッパ最大のスポーツ/アウトドア見本市)へ招待企業としての招待を受けるなど多くの成果を得ました。

  • 2005 ニーモは招待メーカーとして出展した2005年のISPOにおいて世界中の数あるアウトドアギアの中でもっとも革新的なものにだけ与えられる「Brand New Award」を受賞しました。この受賞はニーモが世界的に認められた瞬間であり、その後、多くのメディアがニーモに注目し始めるきっかけとなったのです。

    その後も1年にわたって妥協のない厳しいフィールドテストと試行錯誤を続けた後に、ニーモは2005年に僅かな数量のテントの販売を試験的に開始しました。ニーモのテントは精力的なユーザーと共に世界中のあらゆる場所でのエクスペディション、アドベンチャーレース、バックパッキング、サイクリングトリップの旅を始めたのです。

  • 2006 2006年からニーモのテントは厳選されたスペシャリティショップで正式に販売されるようになりました。
    ニーモのテントは世界レベルのアドベンチャーレーサー、アルピニスト、バックパッカー、カヤッカー、サイクリストをはじめ、「究極のアドベンチャーには究極のギアが必要である」ということを身を持って体験している多くのコアユーザーに支持され、世界中にその輪を広げています。

  • 2007 エアビームを搭載したモルフォAR(テント)がBackpacker誌の「Coolest New Technology」に、テンシ(テント)がRock & Ice誌の「B.I.G. award」に選ばれるなど受賞が続きました。そして、ブランドの成長に伴い、海外のスペシャリティショップへの販売を始めました。また、2008年に向けてプロダクトラインを拡大させるために、デザインチームは、既存の高所登山とアドベンチャーレースに向けた製品に加えてバックパッキング向けの製品開発を新たなプロジェクトに定めました。NEMOは、価値ある冒険は裏庭からエベレストまでどんな場所でも、誰にでも実現可能であるというアイデアを表現する”Adventure Anywhere”を自社のスローガンに定めました。

  • 2008 NEMOは環境に対する配慮、サステナビリティを最優先の課題と定め、G.R.N.™(Green Rethinking by NEMO)プログラムを創設し、スタッフがいつもサーフィンを楽しむジェネス・ステート・ビーチの環境維持を支援しました。2008年のOutdoor Retailer ShowでNEMOはテントポールの材料に竹を使用したほぼ100%がリサイクル素材でできたテントと、テントの不良品の廃材をアップサイクルによって生まれ変わらせたディットーシリーズの製品を発表しました。また、2気室構造を持つトゥオ(スリーピングパッド)とフィッロ(ピロー)を発表し、テント以外の新たなジャンルに革命をもたらしました。
    4シーズンテントのモキはBackpacker誌及びRock & Ice誌で、モルフォARはOverland Journal誌から高い評価を得ました。
    会社の成長に伴いスタッフを増員し、マーケッティング、セールス、カスタマーサービス、グラフィックデザインの専門部署が新設されました。この時のスタッフは、全員がデザイン力に長けており、セールスの担当者でさえプロダクトデザインの学位を持っているほどでした。

  • 2009 NEMOは新興ブランドながらもテント以外にもラインナップを広げるチャレンジを続け、アウトドアアドベンチャーにおいて最も革新的で高品質な製品を作り、あらゆる人々の冒険をサポートすることに情熱を注ぎました。
    2009年、テンシ(テント)はBackcountry誌の「Editors’ Choice」に、ロシ3P(テント)はOutside誌の「Gear of the Year」及びBackpacker誌のBest All-Around 3 Person Tentを受賞し、トゥオ(スリーピングパッド)とフィッロ(ピロー)は大ヒット商品となり、特にフィッロは大きな成功を収めました。
    そして、次の目標をあらゆるタイプの冒険をサポートするためのテントとマットのラインナップを完成させることに定めました。

  • 2010 NEMOは20種類のテント、4種類のスリーピングパッドとピローを市場に送り出しました。日本でのセールスは成長を続け、カナダとヨーロッパへの輸出も始まりました。 こうした成長の中で、NEMOは全てのプロディールセールス(販売店スタッフ及びアウトドアガイド向けの販売)1点につき2ドルを5つのメジャーな非営利団体に寄付するプログラムを始めます。ハイチ地震の際は、30,000ドル以上のテントやスリーピングパッドを被災者に寄付しました。
    他社が軽さを追求するあまり、サイズを小さくしたり機能を削ぎ落としたりする中、メタ2P(テント)は、トレッキングポールを使用するテントのカテゴリーで新たなレベルの快適性を実現し、Backpacker誌の「Editor’s Choice」を受賞しました。
    その年、NEMOはニューハンプシャー州から「Innovation Rocks!」 アワードを受賞しました。

  • 2011 創業以来NEMOの成長を見守ってきたナシュアのオフィスは手狭になり、長年の夢であったサーフィンに最適な海岸に近い場所へ移る時がようやくやってきました。6月初旬、ニューハンプシャー州ドーバーにある1822年に建てられた歴史ある紡績工場のリノベーションという壮大かつエキサイティングなプロジェクトに着手します。常設された工作室でスタッフは、夜遅くまで全てのオフィス家具を自らの手で作り、全ての壁面にペンキを塗りました。こうして完成した新しいオフィスは、以前の3倍の広さと高い天井高で、大きな窓からは紡績工場の動力源でもあったコチェチョ川を見下ろすことができます。
    一方、デザインチームは以前からスリーピングバッグの開発に着手しており、秋から開始したA.P.T.プログラムにより、数百ものスリーピングバッグは世界中の様々なフィールドでテストされ、多くのフィードバックが寄せられました。

  • 2012 NEMOブランドの更なる可能性を模索するために、ユーザーを重視ししながらも、ビジネスのオペレーションを現在の優れたプロダクトデザインと同じレベルまでに引き上げることを次なるミッションとして定めました。新たな投資をすることでアウトドア業界での経験豊富なアウトドアセールス、ミリタリーセールス、マーケッティングの専任者が加わり、そして会社として初めてCFO(最高財務責任者)を雇用しました。
    製品では、昨年より開発に着手したスリーピングバッグが、自社のウェブサイト及び限られたショップでリミテッドエディションとして少量のみ販売されました。スプーンシェイプという膝と肘周りのみに余裕を持つ軽さと暖かさのバランスがとれたバックパッキング用モデルとして新たな風を起こしました。

  • 2013 NEMOは開設していたウェブサイトのオーバーホールを行いました。新しい写真、動画及び文章の各コンテンツはNEMOのストーリーや製品の良さを伝える術となっています。この年より本格的に販売されたスリーピングバッグは、当初予測した4倍以上のセールスを記録しました。士気が高まったデザインチームは、次にどのようなプロダクトラインを手がけるべきか常に考えています。

 

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