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LOWA Footprintsエクスペディションの世界:後編

エクスペディションの世界:後編

日常だけではなくフィールドとの向き合い方までも考えさせられることとなった2020年。ライフスタイルの中心に山を置くクライマー、上田氏の雪山に対する想いをつづっていただいた後半です。

黒部に向かっていたあの頃

昔辿ったルートを目で追うと餓鬼山を越えて祖母谷温泉、欅平に立ち寄り、坊主尾根から池ノ平山経由で剱岳に登頂した記憶が蘇る。1999 年の年末から14日間の登山だった。計画では八方尾根~不帰Ⅰ峰尾根~餓鬼尾根~欅平~坊主尾根~白ハゲ東尾根~剱岳~早月尾根。Ⅰ峰尾根に取り付いたものの、積雪状態と天候から諦め八方尾根に登り返した。その7年後に再チャレンジした白ハゲ東尾根も同様だった。肝心のところで弱気になり、リスクが低くて安易な方向に流されてしまう。ガイドとして山での活動を行い、クライアントの安全を最優先しなければならない今ならば、そうすべきであろう。しかし、若かりし当時の自分はもっと突っ込んでも良かったのではないかと悔いが残る。未知の世界や強大なる自然の力に圧倒されることに憧れながらも、それから眼を背ける現実の自分がいたのだ。山の中では、眼の前の剱岳という山の巨大さに圧倒され続けて登山を継続しなければならない。休暇は充分あり計画の完遂を望みながらも、一刻も早く安全な世界に戻りたい、暖かい布団で眠りたい、腹一杯食べたいという欲望との葛藤に揺れていた。

猛吹雪の中、新雪をかき分けトレースをつけるため、先頭の空身ラッセルを終えて自分のバックパックを取りに戻ると雪まみれ。バックパックの背面に積もった雪を払いのけてから担いでも、ジャケットを通して雪の冷たさが伝わってくる。体温も上がり背中の冷たさが感じられなくなると、再び自分の番が回ってくる。

新雪を踏み固め、テントを張り終えて中に入った瞬間の安堵感。布切れ一枚のシェルターが今夜の休息を約束してくれるはずだった。しかし、降り積もる雪の重みでテントが押し潰され、頭の上から圧迫される。濡れてはいるものの暖かく感じる寝袋から抜け出し、霜の降るテント内で身支度を整えて出陣。風雪でジャケットは再び氷付けになりながらも、潰れそうになっているテント周りの雪を取り除く。

夜が明けた。快晴だ!昨日のトレースは跡形もなく消え失せ、これから行く道のりにも誰の足跡もない。自分たちが、新しい道を切り開くのである。かつて、誰かが辿ったルートだとしても、今この時は自分達だけのラインを引けるのだ。

こんな贅沢な登山があるだろうか?
誰かが辿った足跡を後追いして、自分の登山と云えるのか?
自分達が背負えるだけの荷物を背負い、地形を読み、積雪状態を探りながら淡々と歩みを進める。自然の驚異に怯えながらも、より良い生活を送ろうと試みることが、登山者として成長させてくれる。

雪面に残る“あしあと”

雪面に残る“あしあと”

雪山は我々を登山のみならず、生活の原点に引き戻してくれる場所だと思っている。現代社会の快適で便利な世界から距離を置くことで、受けている恩恵を最大限感じられる場所であり、生きる営みを生々しく感じられる場所であると思う。

雪山で後ろを振り返ってみると、自分たちが残した足跡が雪面にくっきりと刻まれている。過酷な労働の対価としてなんと愛おしい足跡だと感慨深く感じるはずだ。“あしあと”がリセットされた後に続く登山者も同じ想いを共有することができる。

私にとって雪山はそういう場所だ。

文:上田 幸雄 うえだ・ゆきお

1967年生まれ。愛媛県出身。大学時代に登山を始めて、4年間を北海道で過ごす。就職を機に、富山に居を移し、剱・穂高を中心に登山活動を行う。冬季黒部横断は15回踏破。2012 年にガイド資格を取得し、山岳ガイド(山仕事)として独立。立山ガイド協会に所属し、剱・穂高をはじめとした北アルプスを中心に活動する。

資格:公益社団法人 日本山岳ガイド協会認定 山岳ガイド ステージⅡ