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春の山歩きは、花に会いに行く
写真・文 西野淑子(アウトドアライター)
空気があたたかくなり、日ざしが柔らかく心地よい春は、山歩きを始めるのに最適な季節です。自然の中に身を置いてゆっくりのんびり、ハイキングに出掛けましょう。春先の低山は、可憐な野の花たちで満ちあふれています。スプリング・エフェメラル、春を告げる妖精のような花たちに会いにいきませんか。
春の山歩きは花の季節。登山道の脇、沢沿い、山の斜面に注目しましょう
東京近郊では3月も半ばを過ぎると、登山道の脇に、沢沿いに、山の斜面に、小さな花が目につくようになります。春先は、草花を探しながらのんびりと低山を歩くのが楽しい季節です。寒い冬を耐え、春を待ちわびたかのように一斉に咲く花たち。日の光を浴びてきらきらと輝いている姿が、本当に愛らしいのです。
山の草花たちは小さいので、地面を注意深く眺めていないと見つけられません。小さなお宝が地面に散りばめられているのに、走ったり、脇目も振らずに歩いたりするなんてもったいないこと。だからこの時期は足元や道路脇の斜面を注意深く見渡しながら、ゆっくりゆっくり歩きます。
花の山歩き・ハイキングに出かける楽しさ
初めて花を求めて山歩きをしたのは、もう15年以上前、東京の奥多摩にある御前山でした。カタクリの花がきれいだとガイドブックに書いてあるのを見て、「本物のカタクリの花を見たい!」と思ったのです。行程も長く標高差もある、当時の自分にとっては体力的にいっぱいいっぱいの山歩き。急な登り斜面を詰め、山頂近くでピンク色のカタクリの花があちこちに咲いているのを見て、疲れも吹き飛んだのでした。
ガイドブックや登山・ハイキングの雑誌などで美しい花風景の写真を見たら、どのあたりに、いつ咲いているのかを確認し、さらに現地のサイトなどで開花状況の確認をして、花に会いに行きます。今はネットなどで登山の情報も、山の花が咲いている場所や見頃の情報も、手に入りやすいのでありがたいです。
山の花が咲く場所は決まっています。ニリンソウは沢沿いや水が湧いているようなやや湿ったところ。カタクリはよく日の当たる広葉樹の林の中。最初は地図やガイドブックをたよりに花の場所を探しに行っていましたが、回数を重ねるうちに、花の咲いていそうな場所が分かるようになってきました。
「群生地」と地図に書かれていなくても、ここは咲いていそうな場所だ、そろそろ咲く時期のはずと思いながら、地面をひときわ念入りに見つめます。お目当ての花に出合えればとても嬉しいですし、お目当てではない別のかわいらしい花に出合うこともあります。知らない花が咲いていたら写真を撮って、家に帰って調べます。花の山歩きは、下山してからも楽しめるのです。
春本番になるとサクラやツツジなどの花木も見られるようになり、山は一気に賑やかになります。木々が芽吹く前にいち早く赤紫色の花をつけるミツバツツジ、背の高いヤマザクラ、黄金色のヤマブキ。姿は見せないけれどよい匂いを漂わせるフジの花。ツツジやサクラのトンネルの中を歩いていくのも気持ちよいですし、遠くの山を見れば、ヤマザクラの淡いピンクと芽吹き初めの赤や緑でパステルカラーの着物をまとっているようだな…と思います。
春のお花見登山なら歩行時間2〜3時間ぐらいの山がオススメ
山でお花見を楽しむなら、疲れずに余裕をもって歩ける、歩行時間2〜3時間ぐらいの山がよいです。歩行時間は短くてもスタートは早めに。いつもの1.5倍ぐらいのゆっくりペースで花を探し、ちょっといい花、いい景色を見つけたら写真を撮って…などとしていると、時間はあっという間に過ぎていきます。
お花見登山、私のおすすめは定番中の定番ですが高尾山(東京都)。スミレをはじめとして草花の種類も多いですし、高尾山から城山に向かう縦走路のヤマザクラやミツバツツジが素敵です。そして秩父(埼玉県)の蓑山もお勧めの山。山頂周辺のサクラが見どころですが、実は草花の種類が多く、ハイキングコースを歩けばニリンソウやイカリソウ、ジュウニヒトエやヒトリシズカ…さまざまな草花を見つけられるでしょう。
草花や花木が咲く春の初め、山はまだまだ寒いです。
陽光が柔らかく降り注ぎ、歩いていれば汗ばむほどですが、立ち止まると空気はひんやりとしています。薄手のダウンジャケットやウールやフリースの手袋などの防寒具は、この時期の必須アイテム。歩いているときはザックにしまい、休憩時にさっと出して羽織ります。ややかさばるこれらの防寒具をしまっておくのに、街歩き用のデイパックよりやや大きめな20〜25L程度のザックが使いやすいです。歩いていると身体が温まり、案外汗ばんでしまう季節でもあるので、背中の通気性がよいザックなら言うことなしです。
一雨ごとに季節が進む春は、天気が良くてもぬかるんで滑りやすいところもあるので注意が必要。舗装されていない不整地の山道を歩くのには、足首辺りまでカバーしてくれるミッドカットの軽登山靴が歩きやすいです。歩けば足も汗をかきます。靴の中の汗や蒸気を放出し、濡れにも強いゴアテックスのような防水機能も欲しいところです。
天気がよければ、眺めのよいところでゆっくり休憩しましょう。小さなガスこんろと小型コッヘル(鍋)があれば、ティータイムも心地よいです。最近は保温性の高い魔法瓶があるので、「温かいものを飲む」だけならそれでことが足りるのですが、ストーブの力強い音や、お湯が沸くときにあがる湯気…、「五感で温かさを感じさせてくれるもの」がこの時期は好ましいです。アツアツの甘い飲み物は身体にじわりと染みて疲れを癒してくれますし、濃いめのブラックコーヒーに、うんと甘い美味しいお菓子を合わせるのもよいと思います。
今年はどの山に行こうか。ぼやぼやしていたら春が来てしまう。
山の春は驚くほど早いペースで進みます。日ざしが温かくなってきたなと思ったらどんどん花が咲き、草が芽吹いていくのです。同じ山、同じ場所でも1週間で見られる花や草、見える景色は変わりますし、昨年と全く同じ日に訪れても見られる花は違います。
管理されている公園ではないから、花の咲く時期を調節することはできません。お目当ての花には少し早かった、残念、もう終わっていた…。山のお花見はそんなことも多々あります。でも、お目当ての花には出合えなくても、違う花を見つけることもありますし、思わぬ絶景に出合うこともあります。
春の低山は、すばらしい「出合い」に満ちているのです。
西野 淑子(にしの としこ)
関東近郊を中心に、低山ハイキングから縦走、雪山登山までオールラウンドに山を楽しむフリーライター。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド。著書に「東京近郊ゆる登山」(実業之日本社)、「ゆる山歩き」(東京新聞)など。