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Report of Trangia Swedenトランギア本社を訪問(2020年4月CAMP LIFE掲載記事より)

メスティン&ストームクッカーを生んだ地スウェーデン・トランギア探訪

1925年創業のスウェーデンを代表するアウトドアギアメーカー「トランギア」。
日本ではアルコールバーナーのメーカーとして知られているが、近年はアルミ飯ごうのメスティン人気が非常に高い。
シンプルながらこれほど爆発的な人気を誇るメスティンの源流を探るべく、本国スウェーデンを訪ねた。

各パーツごとに積まれたストームクッカーが並ぶ
各パーツごとに積まれたストームクッカーが並ぶ。奥にはウインタースポーツの大会会場で飾られた、かつてのストームクッカーの看板が。レトロな広告の時代から形や仕組みは変わらない。
人口わずか500人ほどの小さな村にあるトランギア本社
人口わずか500人ほどの小さな村にあるトランギア本社。雪に囲まれるなか、オレンジ色の社屋が印象的だ。従業員の車はフィールドに強そうなSUVが目立つ。駐車場には電源が設置されており、ラインでつないで熱を取り入れて燃料の凍結を防いでいる。
スカンジナビア半島の東側に位置するスウェーデン王国
スカンジナビア半島の東側に位置するスウェーデン王国。日本の約1.2倍の国土をもつ。トランギア本社は、首都ストックホルムから600kmほど北に位置するトロングスヴィーケンという街にある。

工場編

スウェーデンはアウトドア大国。土地の所有者に損害を与えないかぎり、すべての土地で自然環境を享受できる権利が法律で認められているという。「フェールラーベン」「ホグロフス」といったアウトドアウェアや、「プリムス」「ヒルバーグ」などのキャンプギアに至るまで、さまざまなブランドがスウェーデン発で日本に輸入されている。まさにキャンプ・アウトドア先進国。『アルコールバーナー』やアルミ飯ごうの『メスティン』などでキャンパーにも広く知られる「トランギア」もまたスウェーデンが発祥である。このたび、このトランギア本社へ訪問する機会に恵まれたため、アウトドア先進国の先進国たる理由を探っていきたいと思う。

ストックホルムから飛行機で1時間のところにあるエステルスンド空港に着いたわれわれを迎えてくれたのは、トランギア社広報担当のマリア。おとなしそうな彼女には似つかわしくない大きなバンに乗り込むと、彼女は雪道でも力強く車を走らせる。日本同様ここ北欧でも暖冬のあおりを受けているようで、これほど雪の少ない冬は珍しいという。そういえば、10代で環境活動家として活躍するグレタ・トゥーンベリもここスウェーデンの学生だ。自然環境との距離感が、高い危機意識を生むのだろうか。

本社工場に着くとすぐ、CEOのマグナスの部屋に通された。2年半前に就任した彼は、これまで一族経営を続けていたトランギア社初の外部からの経営者だそう。

ー「トランギア社は1925年に創業しました。当時からアルミ製品をつくっていましたが、主にケトルや鍋などの家庭用品を生産していたんです。ところが30年代になると、国の政策で労働者の余暇が増え、人々がレジャーに繰り出す機会も増えはじめました。その需要に応えるかたちでアウトドア向けの製品にシフトしていったのです。初期のストームクッカーを発売したのが1951年。当時から燃料はアルコールを使用していました」

写真左がトロングスヴィーケンの看板。左は空港のあるエステルスンド(Östersund)、右方向のヤルペン(Järpen)の先に北欧最大のスキーリゾート、オーレ(Åre)がある。
写真左がトロングスヴィーケンの看板。左は空港のあるエステルスンド(Östersund)、右方向のヤルペン(Järpen)の先に北欧最大のスキーリゾート、オーレ(Åre)がある。
社屋に入ってすぐの廊下に自社製品がズラリと並ぶ
社屋に入ってすぐの廊下に自社製品がズラリと並ぶ。ほとんどのものが日本でも入手可能だが、一部には入手不可の限定商品も。
トランギアの代表商品「アルコールバーナー(TR-B25)と「メスティン(TR-210)」。独特な形状がかわいい「ケトル0.6ℓ(TR-325)」
トランギアの代表商品「アルコールバーナー(TR-B25)(写真左下)と「メスティン(TR-210)(写真上)」。独特な形状がかわいい「ケトル0.6ℓ(TR-325)(写真右下)」。
CEOのマグナス
CEOのマグナスはもともとはエンジニア職。就任2年半で会社や生産ラインの改善に取り組み、この先さらなる発展をめざす。
日本からの取材チームを親切丁寧にガイドしてくれた、CEOのマグナスと広報のマリア
日本からの取材チームを親切丁寧にガイドしてくれた、CEOのマグナス(右)と広報のマリア(左)。
マグナス就任以降に取り組まれたメスティンのハンドルカバーのニューモデル
マグナス就任以降に取り組まれたメスティンのハンドルカバーのニューモデル(上)。これで生産効率が向上したという。
皿として誕生したメスティンの前身
皿として誕生したメスティンの前身。ハンドルはないが、これがまさにご先祖さま。飯ごうの内蓋の形状に似ている。
家庭用食器をつくっていた当時の製品
家庭用食器をつくっていた当時の製品。小さなアルミケースは、スウェーデン王室仕様の石鹸入れ。

日本で働き方改革が叫ばれだしたのはここ数年の話。スウェーデンではおよそ90年前には改革が始まっていたという。アウトドア先進国たる所以を、トランギア社の歴史からもひも解くことができた。

場所を本社奥の工場へと移し、いよいよ実際にメスティンやストームクッカーが製造されている現場へ入る。工場見学といえば、商品の原型が大きな機械の中を通り、いくつかのブロックを経て完成品になっていく、そんな様子を勝手に想像していた。しかし、実際に目にしたのは、広い工場の各所にさまざまな作業機械が点在していて、そこで職人たちが丁寧に手作業で各パーツをつくり上げている姿であった。

メスティンでいえば、本体とフタ部分は自動で成型されてラインで流れてくるが、ハンドルの加工やハンドルを取り付けるためのリベットはひとつひとつ手作業で加工されている。日本でメスティンが入手困難な時期があったが、それもそのはず。日本からの急激な注文増加への対応は難しかったのだ。

ー「トランギアのCEOに就任してから、いくつか近代的ではない部分の改善点が見えてきました。まさにメスティンのハンドルもそう。もちろん変わらない良さもありますが、近代的な要素を取り入れて生産性を高めるなど、時代やニーズに応えていくことも大切です。今期はメスティンの生産ラインの改善がメインで新製品に取り組めませんでしたが、来期には新製品の開発や現行モデルの改善に着手しますよ」

そこで見せてもらったのが、新しいハンドル加工機械。一本のアルミ素材が回転しながらオートマチックにハンドルに成型されていく。実に爽快な様子だ。手作業での加工と比べると、近代化によって生産性を高めることの重要度がよくわかる。

ハンドルを固定するためのリベットを取り付けるスタッフ
ハンドルを固定するためのリベットを取り付けるスタッフ。日本ではこれが炊飯時の水加減の目安になっているとは思いもよらないだろう。
ハンドルの加工はひとつひとつ手作業で行なわれていた
ハンドルの加工はひとつひとつ手作業で行なわれていた。これは旧式だが、最新機器を導入してもなお稼働中。
上に向かって狭まる形状のケトルも、一枚のアルミ板から精巧に形づくられていく
上に向かって狭まる形状のケトルも、一枚のアルミ板から精巧に形づくられていく。
ケトルの注ぎ口も手作業でひとつひとつ固定されていく
ケトルの注ぎ口も手作業でひとつひとつ固定されていく。実に緻密な作業だ。
1950年代のストームクッカー
1950年代のストームクッカー。バンドが革でできている以外、セット内容に大きな変化はなく、この時点でかなり完成されていた。
ストームクッカーの各パーツが、広い工場に並べられている
ストームクッカーの各パーツが、広い工場に並べられている。壮観な眺めだ。

2019年はトランギア社のスウェーデン国内売り上げを日本の売り上げが初めて上回った年だったという。こうしたニーズの変化に柔軟に対応していくことが経営者には求められる。トランギア社は変革期を迎えているといえる。

一方、勤続50年になるスタッフのヤンネさんにも、メスティン黎明期の話を聞くことができた。

「メスティンは、最初はハンドルのない、食品を入れる容器でした。丸い形状だったのは、当時は、現在のメスティンのような角型で深い形状をつくる技術が確立していなかったからです」

そのメスティンが日本で大流行していると伝えると、彼は不思議そうにしていた(笑)。また、長年働く彼に、製品づくりで大事にしていることを聞いてみた。

「確かな製品を送り届けるには、入念にチェックをすることです。それも完成品になってからのチェックではなく、ひとつひとつのパーツをつくる各作業で行なうこと。パーツの時点で不具合があれば、その場で各スタッフが不採用にしてクオリティを保っています」

確かに、各工程でパーツがつくられるごとにスタッフが仕上がりをチェックして、かなりの頻度で仕分けている。われわれにはどこに不具合があるのかわからないレベルで、パーツが未使用ゾーンに投げ入れられていた。こうしたモノづくりへのこだわりは、トランギア社に培われた伝統なのだろう。マグナスの語った〝変わらない良さ〟とは、こうした現場スタッフに根づくモノづくりの精神のことなのかもしれない。

勤続50年になるスタッフのヤンネさん
勤続50年になるスタッフのヤンネさん「時代が変わってもつくるのは人なんだよ」
メスティン
マグナスの話によると、シンプルで簡単そうに見えるメスティンだが、長期の使用にも耐えられるように特にフタの部分には、強度を出す必要性があるとのこと。また四角くて深型の本体の成型はなかなか難しいそうだ。トランギアでは、フタと本体は素材の硬度を変えていて、それぞれ別々のアルミメーカーから仕入れを行なっているとのことだった。何年使っても変形しにくいのはそういったところにも工夫があった。
メスティンが作業工具入れになっているさま
メスティンが作業工具入れになっているさま

工場内で印象的だったのは、メスティンが作業工具入れになっているさま。加工作業時に発生する端材入れなどにも活用されていた。

工場で働く人たちは20代から70代までと老若男女幅広い
工場で働く人たちは20代から70代までと老若男女幅広い

工場で働く人たちは20代から70代までと老若男女幅広い。胸にトランギアのロゴが入ったユニホームがうらやましい。

シガーソケットに対応したメスティン内のランチを温める商品
シガーソケットに対応したメスティン内のランチを温める商品。メスティンは、本国では主にランチボックスとして使われている。長距離運転手などが使用するのだろう。
加工成型も手作業なら梱包も手作業
加工成型も手作業なら梱包も手作業。すべての商品がひとつひとつ人の手によって梱包されている。
オートメーション化されたメスティンのハンドル加工機械
オートメーション化されたメスティンのハンドル加工機械。成型して切り離すまでを1個5秒ほどでこなす。

フィールド編

トロングスヴィーケンから1時間ほど西の地、オーレ

2日目はトロングスヴィーケンから1時間ほど西の地、オーレに移動。ここは北欧最大のスキーリゾートで、日本で例えるなら白馬やニセコといったところだろうか。この日はマグナス、マリアとスノーハイクに繰り出すことに。目的はふたつ。ひとつは彼らのアウトドア文化を肌で体験することである。

オーレの宿泊地から車を15分ほど走らせ、雪の中の駐車場に車を停めて、いざスノーハイクの準備を開始。一式をレンタルでそろえたわれわれと違って、慣れた様子で準備万端なふたり。スタート直後から転倒しまくるわれわれを見守るようにガイドしてくれた。

目的地は1時間半ほどハイクした先にあるという山小屋。ほぼ高低差もなく、初心者でも楽しめるルートとのことで、雪に慣れたふたりには物足りないコースかもしれない。さすがの一大リゾートだけあって、平日にもかかわらず多くの観光客とすれ違うのだが、おそらく高齢の方にスイスイ抜かれていく。リードにつながれた犬と颯爽とスキーハイクしていく人もちらほら。アウトドア文化が人々に深く根づいていることを実感する。北欧ならではの景色を楽しみながらほどなくして着いた山小屋は多くの人でにぎわい、皆ランチを楽しんでいるようだ。

愛犬とともにスキーを楽しむ人と何度も行き交う
愛犬とともにスキーを楽しむ人と何度も行き交う。スノーハイクが日常的に楽しまれているのだろう。
北欧ならではのフィールドでスノーハイク
まさに北欧ならではのフィールドでスノーハイク。雪が舞う時間帯もあれば時折晴れ間を見せる場面も。
荷物を積んだソリを腰に固定して颯爽とスキーで進むマリア
軽装で不慣れなわれわれが遅れをとるなか、荷物を積んだソリを腰に固定して颯爽とスキーで進むマリア。
スノーベンチの先には、オーレの街並みと湖が広がる絶景
マグナスがしつらえるスノーベンチの先には、オーレの街並みと湖が広がる絶景が。贅沢なランチタイムの始まりだ。

われわれは山小屋近くの景色のいい場所に陣取り、自炊でのランチタイムに臨む。すると、ソリで運んできたスコップでマグナスがベンチとテーブルをつくりはじめた。雪でつくったベンチにウレタンマットを敷けばチェアは不要というわけだ。一方、マリアはストームクッカーとメスティンを取り出し調理準備。手料理を振る舞ってくれるという。われわれももてなされてばかりもいられない。そう、スノーハイクのもうひとつの目的は、彼らに日本のメスティンレシピを食べてもらうことだ。さしずめ雪上料理対決である。われわれのメニューは『メスティンレシピ』(小社刊)にも掲載されていた、焼き鳥缶としめじの炊き込みごはん風レシピ「とり飯」。材料をメスティンに入れて炊くだけの簡単なもので、材料は日本から持ち込んでいた。

マリアはメスティンに入れてきたカット済みの食材を広げると、手慣れた様子でストームクッカーに火を入れる。注目すべきは、彼らはメスティンで調理しないこと。この日、彼らのメスティンは、食材や携行食を入れる容器でしかなかった。

ー「スウェーデンの人は、メスティンの名前は知ってはいるものの、実際に調理器具として使う人はほとんどいません。ですが、安全なイメージをもってくれているので、キャンディや食材を入れるフードボックスとして使ってくれています」

「私たちはメスティンをこう使うのよ」
「私たちはメスティンをこう使うのよ」
ベーコンとトマトソースのクリームパスタ
マリアが用意してくれたのは、ベーコンとトマトソースのクリームパスタ。食材はカット済みで、現場でナイフは使わない。
ストームクッカー2台を使って、一方でベーコンを炒め、一方でパスタを茹でる
ストームクッカー2台を使って、一方でベーコンを炒め、一方でパスタを茹でる。茹で上がったパスタが熱で雪に沈む。
雪上で手際よく調理していくマリア
雪上で手際よく調理していくマリア。2台並ぶストームクッカーはさながらDJブースのようだ。
ガスバーナーとメスティンで炊き込みごはんを調理
日本チームはガスバーナーとメスティンで炊き込みごはんを調理。工程はシンプルなはずなのに、マリアに遅れをとる……。
試食
やや固めに仕上がったごはんをふたりに試食してもらう。お世辞かどうかは定かではないが、おいしいと褒めてくれた。

本場ならではのメスティンレシピが見られるかと思いきや、意外なかたちで裏切られたが、これが彼らのスタンダード。2台のストームクッカーを使い、手際よく調理されると、みるみるトマトソースのクリームパスタの出来上がり。日本チームのとり飯はまだ蒸らしの工程中だった。ちなみに、この環境も相まって、いただいたパスタは絶品だったのは言うまでもない。

こうしてみると、ストームクッカーが実に完成された商品であることがよくわかる。ふたつのソースパンとフライパンのハンドルは兼用できて実に機能的。携行性も考えると合理的というべきか。特に、炒めて茹でて最終的に煮込むパスタ料理に最適なセットだ。これが1950年代に完成されていたのだから敬服するしかない。

スウェーデンのアウトドア文化をもって先進国と感じるのは、レジャーとしての完成度の高さゆえかもしれない。日本ではキャンプと登山は似て非なる点が多く、それぞれが独自に進化・分化しているが、彼らのアウトドア文化には一貫性を感じる。これは決して日本が劣っているというわけではなく、日本の文化自体がそうして発展してきたことの表われだともいえる。本国での用途が容器メインであったメスティンを、これほど多様に使いこなすのも日本人くらいなものだろう。

メスティンが主にランチボックスやフードボックスだったこと、そしてストームクッカーの合理性を目の当たりにできたオーレでのスノーハイクは収穫の多い体験だった。ストームクッカーを日本のキャンプでどう使おうか考えるだけでワクワクしてくる。また、工場見学で感じた伝統に裏打ちされた彼らのものづくりへの姿勢と、新しい時代を迎えようとする意欲的な姿勢に、非常に刺激を受けたスウェーデン探訪であった。

Product商品紹介

ストームクッカーL・ウルトラライト

ストームクッカーL・ウルトラライト

軽量なアルミを採用したストームクッカーのベーシックモデル。Lモデルは、1.5ℓと1.75ℓの2つのソースパンとフライパンを組み合わせている。別売りの0.9ℓのケトルを収納することも可能。