何がそんなにも多くの人々をTrangiaに惹きつけるのか。
ほんの数年前までは細々とオールド・ファッションなアウトドア・ストーブを展開しているに過ぎなかったTrangiaが、みるみるうちに日本国内のキャンプシーンには欠かせないブランドの一つとなり、慢性的に品薄が続くほどの人気を博するようになった今、Trangia自身にとっても今や日本のユーザーは無視することのできない、大切なカスタマーとなった。
そんな日本のファンに向けて、改めてTrangiaというブランドが大切に守り続けている価値観にふれてほしいと、2018年に同社CEOに就任し、伝統と革新の間で柔軟な経営手腕をみせるマグナス・ライデル氏よりメッセージが届いている。
このWEB連載では、そんなマグナスからのメッセージを再構成し、全4回にわたり、Trangiaのルーツとアイデンティティを国内未公開の写真の数々と共に紐解いていく。
オリジナルのTrangiaストームクッカーを世に送り出したジョン・E・ジョンソンですらも、彼の発明品がこれだけ多くの人々に愛されることになるとは思わなかっただろう。じき創業から100年を迎えようという今、Trangia製品は世界35ヵ国で販売されており、それ以上に多くの国々でアウトドア愛好家たちの貴重な屋外キッチンとして活躍している。
彼が作り上げた、きわめつきにシンプルでどんな環境下でも変わらぬ信頼性を発揮する精巧なストーブは、初めてそのデザインに触れる人々から休日の家族連れ、そして経験豊富な冒険家たちに至るまで、時を超えて愛され、常に高い評価を獲得してきた。この事実は私たちにとって常に誇りであり、今に至るまで私たちがジョンの “作品” をより良いものをするべく日々の仕事に励む原動力ともなっている。
Trangia社は今なお家族経営の小さな会社だ。4世代目となる今でも、1925年の創業以来変わらぬスウェーデン北部、イェムトランドにあるトロングスヴィーケンの工場ですべての製造工程をカバーしている。原材料に厳選された高品質なアルミニウムを使用する点も変わっていない。
Trangiaが常に大切にしているのは、製品がきちんと機能することであり、品質を守ることであり、そしてその製品が長く使えるかどうかということだ。 このスウェーデンの小さな工場から生まれた私たちのプロダクトが、より多くのアウトドア愛好家たちに温かい食事をもたらし、その心休まるひとときを楽しむ一助となることを願ってやまない。それこそが、私たちにとっては何物にもかえがたい喜びなのだから。
トロングスヴィーケンより愛をこめて
マグナス・ライデル、
CEO at Trangia AB
マグナスは、創業以来、一族経営が続いていたTrangia社にとって初めての “外部” 経営者だ。
しかしながら、確実に動作する製品をデザインするという領域にかけては誰よりも深い知見を必要とするエンジニアとして働いていた経験から、同社の価値の根幹をなす部分への彼の理解と愛着は、社内外の誰に対しても勝るとも劣らない。彼が会社の歴史や製品の機能について話す語り口は、いつもどこか楽しそうで、時に自慢気にすら感じられる。結局のところ、彼自身もまたTrangiaというブランドの、一人の熱心なファンに過ぎないのかもしれない。
Trangiaを代表するプロダクトの一つが、ストームクッカーだ。その特徴的なシルエットは、まだまだ日本国内ではメジャーであるとは言い難いながらも、Trangiaを象徴する製品として認知されつつある。
ストームクッカーのデザインは非常にユニークでありながらも、初めてそれを手にする人が使い方に戸惑うことがないよう、またどんな悪天候下でも確実に温かい食事にありつけるよう、細部に至るまで緻密に計算され尽くしている。実験とフィールドテストを重ねて導き出されたそのディテールには、厳しい北欧の冬においてもなお破損することのないよう一つたりとも不要な装飾や繊細な仕掛けは施されていない。それこそが、驚くべき耐久性と過酷な環境下での絶対の信頼性を実現する要となるのだ。
さらには、その構成要素のすべてが運搬時にはひとまとめに重ねて収納できてしまう。そこに、ユーザーに持ち出すことを躊躇わせる要因は一つも見当たらない。長きにわたり、熱心なアウトドア愛好家たちに重用されてきたのも頷ける。
ストームクッカーの真の価値は、その上下2分割式の風防にある。上下の風防の中間にストーブ本体をセットするという独創的なアイデアにより、ストーブと地面の間に一定の空間を作り出し、効率的な燃焼には欠かすことのできない潤沢な酸素の供給経路を確保しているのだ。上部風防に据え置かれる鍋やフライパンは高い安定性を維持するとともに、ストーブの火力を余すことなく受け止め高い燃料効率をも実現している。そのすべてが、どんな嵐 (ストーム) の中でも変わることのない高効率なストーブシステムを構成する上では、何ひとつとして欠かすことのできないデザイン要素だ。
それらの要素が、ぴったりと隙間なく重なりあって収納できるよう細部にいたるまで計算され、設計通りの精巧なマニュファクチャリングが実現されているという点において、ストームクッカーはひとつの完成したシステムとして孤高の存在たり得ている。
あらゆるディテールが、なによりも “機能すること” を優先してデザインされている。
それこそが、Trangiaが拠って立つ大原則であり、どんなときも決して譲ることのない鉄壁のルールだ。
Trangiaの歴史は、スウェーデン北部の農村に生まれた一人の男の物語から始まる。
ジョン・E・ジョンソン。彼は農家に生まれながらも、家業を継ぐことに対しては早くから否定的だった。幼少期の彼の興味はむしろ工業技術、そしてプロダクトデザインの分野に向けられることが多かった。自然な成り行きとして、1925年、彼はのちにスウェーデンのアウトドア・ストーブ界を牽引していく会社を設立する。
創業当初、彼は専ら農家や労働者階級にむけた家庭用の鍋の設計、製造を手掛けていた。しかし、折しもスウェーデン国内では労働制度改革がすすみ、より多くの人々が十分な余暇を得られる社会環境が整い始めていた。自由を手にした人々は積極的に休日を野外で過ごすようになり、キャンプ用品の需要は爆発的な高まりをみせる。
そんな社会情勢に、ジョンの “発明家” としての血が騒いだ。以来、彼が最初のキャンプ用ストーブを世に送り出すまで、長くはかからなかった。
のちに、ジョンと同じように技術とデザインへの情熱をもち、同じように余暇を近郊の山々で過ごすことに費やしてきた二人の子どもたち、オーレとエリックもジョンの会社に加わることになる。1951年、彼らは知恵を結集して最初の “ストームクッカー” プロトタイプを完成させる。これはストーブ本体と鍋、そして風防がシステムとして巧みに組み合わさった画期的なコンセプトだった。
彼らはこのシステムに、敢えて液体燃料を用いることを決断する。ともすれば古風で、まったくもって新しさのない選択ではあったが、それは決して妥協の産物などではなく、燃焼効率と北欧の過酷な自然の中での扱いの簡便さを考慮してのことだった。
それからの彼らの物語は、スウェーデンのアウトドア産業そのものの歴史と言っても過言ではない。Trangiaは、スウェーデン国内のみならず、世界的にも強固なブランドをアウトドア産業界に築き上げ、その製品は何世代にもわたり登山家をはじめとするアウトドア愛好家たちによって酷使され続けてきた。そのすべてが、創業時から何ひとつ変わることのないトロングスヴィーケンで作られた製品たちだった。
イノベーションにかける情熱は、そう簡単に薄れることはない。ここに記すことができたのはジョン・E・ジョンソンただ一人の生い立ちであり、物語かもしれないが、彼がTrangiaに捧げた情熱と愛は、これからも変わることなくTrangiaの中に生き続け、また新たな “発明” の原動力となってゆくことだろう。
Vol.2では、Trangiaが創業時から変わることなくマテリアルとして使用を続けるアルミニウム素材の秘密、またそれらがいかにして美しい曲線を描くTrangia製品へと姿を変えるのか、そのプロセスとビジョンについての物語を紐解いていく。